カテゴライズして考えると言うこと

こんにちは!協会員のHiromiです。

私たち、一般社団法人DNAカウンセリング普及協会では、日本人のルーツを「縄文」「弥生」「アジア」「ヨーロッパ」とカテゴライズして考えます。

今日はこの、「カテゴライズ」ということを考えてみたいと思います。

カテゴライズをして相手を見るということは、偏見をもって相手をみてしまうように感じてしまうこともあると思います。(私も昔はそうでした)

ルーツDNAを伝える際にも、そうした意見を聞くことがあります。

「カテゴライズすることで偏見を持ちたくない」と。

ですが私は、カテゴライズしなくても、私たちは相手に対して自分の物差しで見てしまっているということを言いたいです!!

客観的な目というのは思っているよりも難しいことで、どうしても、自分の経験値や主観で相手を判断してしまうんですよね。

こちらの『異文化理解力』でも、国とその背景にある文化でカテゴライズすることの大切さが書かれています。

哲学的にも、マックス・ウェーバーは「理念型」という考えを提示していて、仮で分類することで上手く説明できると言っていますよね。

私がカテゴライズされたくないと感じていたときは、「カテゴライズすることで自分の嫌なところを見たくない心理」があったように思います。

と言いますのも、私は、日本人で一番多い遺伝子タイプなので

「日本人に多い=あなたは普通!!」

と言われているようで・・・うすうす分かっていただけに辛かった!!(笑)

でも科学的な結果なので受け入れざるを得ません(;^_^

でも、受け入れてみると、確かにそうだなという納得が増えていって、自分らしくいれることに気が付きました。

そして、自分の遺伝子タイプを愛せるようになったんですね。

いい感じにそれぞれの遺伝子タイプは何かが欠けている。だからこそ、協力するようにできている。

神様は、私たち人間が協力するように創られたんだなーと感動しました!

そうなると、自分と違う遺伝子タイプも愛おしく思えてくるんですよね。

是非あなたも、カテゴライズを恐れずに、自分の良さを愛してくださいね!

この記事を書いた人